ものすごい過去を背負った女の子


ものすごい過去を背負った女の子と一緒に暮らすようになって、はや一ヶ月が過ぎた。
ものすごい過去を背負った女の子は十八歳で、僕は二十二歳だ。
家賃六万円の小さなアパートで、二人きりで暮らしている。
若い男女がひとつ屋根の下で暮らしているわけだが、特に問題はない。
なぜなら、女の子はものすごい過去を背負っているからだ。

ものすごい過去を背負った女の子は、少し無愛想で、いつも物静かだ。
あまり感情を表に出さず、何かを喋る時もやっと聞こえるくらいの小さな声で話す。
友達も少ないが、本人はそんなことはあまり気にしていないようだ。
ものすごい過去を背負っていると、こうなってしまうものなのだろう。
ひとりでの外出もほとんどせず、いつも僕が図書館で借りてきた本を読むか、家事に精を出している。
その割に料理は下手だが、まぁものすごい過去を背負っているのだから仕方がない。
それでも最近はだんだん上手になってきているので、食べる方としては実に喜ばしい限りである。

たまの休日には、ふたりで街のデパートまで買い物に出かけることが多い。
そういう時は、僕は必ず時計を、ものすごい過去を背負った女の子は必ず絆創膏を買う。
何故なのか訊いたことは一度もない。ものすごい過去を背負った女の子にそんなことを訊くのは失礼だ。
それに、僕も、時計を買うのに大した理由があるわけでもない。なんとなくだ。
ものすごい過去を背負った女の子の方も、そうしないと落ち着かない、という程度の理由なのだろう。

買い物の後はいつも、夕暮れまで近くの川べりのベンチで過ごす。
とはいえ、同じベンチではない。少し離れた別のベンチだ。
僕は買ってきた時計をいじりながら、ものすごい過去を背負った女の子は食い入るように川を見つめながら、
ぼうっと風を受けている。これが意外に心地が良い。
陽が暮れきった頃になって、どちらともなく立ち上がり、そして手を繋いで帰る。

ここはもともと僕がひとりで住んでいたアパートなので、布団も一組しかない。
だから、僕とものすごい過去を背負った女の子はいつも同じ布団の中で眠る。
当然――といってはなんだが、肉体関係もある。しかし、本当に気分が乗った時だけだ。
そうでなければ、ものすごい過去を背負った女の子はいつも、布団の中で僕の手を握ってくる。
だから、僕も握り返す。それから、ぽつぽつと会話をするのが行為のない日の日課だ。

「あなたはものすごい未来を背負っているから」
ものすごい過去を背負った女の子はいつも、この言葉から話を始める。
僕はそのたびにどんな未来なのか尋ねてみるが、とにかくものすごい未来、とだけしか答えは返ってこない。
どうやら本人にもわかっていないようで、たまに一緒になって本気で考えてくれることもある。
しかし、僕はその言葉を嘘だと思っていない。ものすごい過去を背負った女の子ならではの真実味というものがあるのだ。
きっと僕は、ものすごい未来を背負っているのだろう。
そしてものすごい未来を背負った僕は、いつもこうしておどけてみせる。
「ものすごい未来を背負っているから、なんだい。それがどうしたのさ」
「こうして一緒にいれば、ひょっとして中和できるかもしれない」
ものすごい未来で、ものすごい過去を中和。
ものすごい過去を背負った女の子は、僕と決して目を合わせずに、いつもこうして馬鹿なことを言ってくれる。
でも、それができたら本当にいいのにな、といつも僕は思う。
そして、これは遠まわしのプロポーズなんだろうなあと思って、少し嬉しくなるのだ。


(002 [過去] ものすごい過去を背負った女の子/終)


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