たまねぎ


僕のように、目から涙の代わりにビームが出る体質の子供達は、たいてい生後間もなくして軍部の施設に集められる。
そして、まず、ビームを無力化する分厚いゴーグルをつけられる。
それから、親の顔も知らぬまま、ひたすら厳しい訓練をやらされながら育てられる。

目からビームを出す子供――通称オニオンは僕を含めて21人。みんな僕と同じ10歳だ。
何故オニオンなのかというと、それは僕らの一日の日課の約30%がたまねぎのみじん切りで埋まっているからに他ならない。
いつもざくざくとたまねぎを切っている僕らを見て、研究者が裏でそう呼び始めたのがきっかけだという。
どうやらこの国の王様は、僕らが大人になったら兵士にして、
10年前決着をつけられなかった隣の国にまた戦争を仕掛けるつもりらしい。
僕たちはその戦争のための大切な人材というわけだ。なんたって、目からビームが出るのだから。
たまねぎさえあれば、普通の銃の何十倍もの破壊力のビームを自在に操ることができる。
そう王様やその周辺の人たちは考えた。
だから、手元を見なくてもたまねぎを切れるように、僕らは毎日特訓させられている。

ざくざくざくざく。
私語は厳禁だから、みんな無言でたまねぎを刻み続ける。
ノルマは一時間に200個。正確さもさることながら速さも求められるから、みんな必死だ。
常人なら数秒ともたないようなたまねぎ成分がすでに部屋中に充満しているけど、
ビーム防止のゴーグルのおかげで、その中にいてもまったく平気だ。
だから、僕らはひたすらたまねぎを切る。切る。切る。
ざくざくざくざくざくざくざくざく。
切り終わったたまねぎは清潔なコンテナに集められ、そしてどこかへ運ばれてゆく。たぶん誰かが食べているんだろう。

そんなある日だった。
いつものようにざくざくとたまねぎを切っていると、突然外が騒がしくなった。
なんだろうと思っていると、遠く拡声器から声が聞こえてきた。
「旧王朝の人間に告ぐ! お前たちの王朝はすでにクーデターによって倒れた!
 あとはこの施設だけだ! すみやかに降参したまえ!」
施設中がざわざわと騒がしくなる。たまねぎを切る手を止めて、僕らオニオンは目を見合わせた。
そのうち、誰かがどうやら本当らしい、と言い、それから大パニックになった。
仲間割れを起こす者、慌てて逃げ出そうとする者、白旗を振りながら外に飛び出してゆく者。
そんな中、監視の兵士もいなくなった訓練室で、僕ら21人は話し合っていた。
「やるかい」
「やろうよ。もうたまねぎにはうんざりしてたんだ」
「そうだそうだ」
話し合いは一瞬で終わった。コンテナの中身をぶちまけてから、いくよ、せーので僕らはゴーグルを外した。

妙に香ばしい匂いを発しながら崩壊した施設を出る。
すると、周囲を囲む人たちの中から、どこかで見たような顔の人たちが40人ほど出てきて僕らの方へやってきた。
誰だろうと思っていると、その中からふたり、男の人と女の人が出てきて、僕に抱きついてきた。
「ああ、こんなに大きくなって……」
そして、女の人はひくひくと泣き始めた。男の人も今にも泣きそうだ。
そうか、この人たちが僕の……。
見ると21人のオニオンはみんな、自分と似た顔の人たちに抱きしめられ、呆けたような表情をしていた。
たぶん僕も、同じような顔をしていたんだろう。仲間のひとりと目が合って、ふたりでへへっ、と笑った。
初めての温もりがあまりに暖かくて、つい照れ臭くなってしまったのだ。
と、その時だった。目の奥がむずがゆくなってきて、僕ははっと我に返った。
やばい。
じんわりと、目頭が熱くなってくる。これはやばい。ビームの前兆だ。
こんなところでぶっ放したら大変なことになる。
どうしよう。どうしよう。
でも、もう抑えられない。抑えられるわけがない。
僕はとっさに上を向いた。雲ひとつない快晴の空の向こうに、一瞬、透明な風を見た。

21本の巨大な光の柱が空高く伸びて、それで国中の人が、王国の開放を知ることとなった。
それからその国では、年に一回、たまねぎを狂ったように刻み続ける妙な記念日ができあがったのだという。


(003 [たまねぎ] たまねぎ/終)


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