世界樹の葉 (The Yggdrasill)


エマは一人ぼっちでした。
エマのお父さんはずっと前に戦争で死んでしまったし、
エマのお母さんも何日か前に病気で死んでしまったからです。
それから、エマは一人で村外れの小屋に住んでいました。

ある日、エマは『世界樹』という木の話を聞きました。
なんでも、その木の葉っぱには死んだ人を生き返らせる力があるというのです。
『世界樹』というからには、きっと世界くらい大きな木なのでしょう。
それなら簡単に見つかるはずです。
エマは旅に出ることにしました。
これ以上、一人ぼっちでいるのは嫌だったのです。

エマは何年も旅を続けました。
深い森を抜け、砂漠を越え、海を渡り、
エマはいろいろな人の住むいろいろな町を訪れました。
でも、どこにも『世界樹』なんて木はありませんでした。
しかし旅の終わりに行き着いた南の果ての小さな孤島に住むナギという少年から、
エマは『世界樹』の話を聞くことができました。
それによると、空の彼方に忘れられた王国があって、
その王国の中心にはあの『世界樹』が生えているそうです。
他に『世界樹』の当てがなかったので、
エマは飛行機を作ることにしました。

さらに何年もかけて、
エマはとうとう飛行機を完成させました。
見送りに来たナギから島の唯一の食料のアカギの実をどっさりもらい、
喜び勇んで空に出て、三日三晩飛び続けると、
やがて空中にぽっかりと浮かぶ島が見えてきました。
そこには島全体を覆ってしまうほどの大きな木が生えています。
あれが『世界樹』に違いありません。
エマはその島に向かいました。

島に降りると、一人の老人がエマに近づいてきました。
「この木が『世界樹』ですか。」と、エマは老人に訊きました。
老人は目を閉じ、祈るような口調で言いました。
「さよう。ここはラピュタの都。
 ラピュタには、『世界樹』の伝説がある。」
エマは老人に、葉っぱを取っていいか訊きました。
老人は頷きましたが、人差し指を立ててこう言いました。
「その代わり、一度に良いのは一枚だけじゃ。
 その一枚を、大事にするがよい。」
エマは二枚欲しかったのですが、こう言われては仕方ありません。
エマは一枚だけ『世界樹』の葉っぱをちぎり、
飛行機に乗って老人の島を出ました。

村に戻ると、エマは真っ先に墓地へと向かいました。
いよいよ夢がかなうのです。
そして散々迷った末、まずお母さんをよみがえらせることにしました。
エマは『世界樹』の葉っぱを細かくちぎり、
お母さんの骨の上にふりかけました。
しかし、何も起きません。
どれだけ待っても骨は骨のままです。
自分は何か間違っていたのだろうかと、エマは不安になりました。
そしてもう一度葉っぱを取りに行くために、エマは飛行機に戻りかけました。
その時、エマは気付いたのです。
エマのお母さんとお父さんの眠っていた墓のすぐ側に、
老人の島の『世界樹』と同じ木が生えていることに。
そしてその木の遥かな梢に、
あのアカギの実がたくさんついていることに。

『世界樹』の伝説について、
ふたつの大きな勘違いをしていたことにエマは気付きました。
ひとつは『世界樹』が死人をよみがえらせるのではなく、
死人が『世界樹』をよみがえらせるのだということ。
もうひとつは世界のように大きいから『世界樹』というのではなく、
世界中のどこにでもあるから『世界樹』なのだということでした。


(008 [世界樹] 世界樹の葉/終)


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