居酒屋「テロル」に気をつけろ


居酒屋「テロル」に気をつけろ。
あの店は危険だ。
ただの飲み屋のつもりでいると生きて帰れないぞ。

居酒屋「テロル」の入り口は目立つ。
通りかかっただけの客をも引き寄せるような魅力的な玄関だ。
だが入る時は細心の注意を払え。
油断してると入り口マットの下に埋もれた地雷で死ぬぞ。

居酒屋「テロル」の店員は礼儀正しい。
人数確認から案内、注文受付まで何もかもが完璧だ。非のつけどころがない。
だがくれぐれも信じるんじゃないぞ。
奴等の笑顔は仮面だ。そういう訓練を受けているんだ。仮面の下には邪悪な笑みがある。

居酒屋「テロル」の掘りごたつは広い。
家族連れどころかいち野球チームが丸ごと入る広さだ。おまけに暖かさも絶妙だ。
だが安易に足を突っ込んだりしてはならない。
あの中には武装ゲリラが潜んでいる。油断した一般市民を狩るために。

居酒屋「テロル」のメニューは見やすい。
種類別に美しく区分され、鮮明な料理の写真は食欲をそそる。
だが絶対に注視などしてはいけない。
特殊な料理の配列が頭脳に直接メッセージを投げかけてくるんだ、「革命志士ヨ目覚メヨ」と。

居酒屋「テロル」の料理は美味い。
サラダも肉料理も鍋物もことごとく絶品だ。酒も極上のものが安く振舞われている。
だがそこに罠がある。
料理とともに異物が胃に侵入してくる可能性を忘れるな。飲み込めば最後、哀れな人間爆弾と化すぞ。

居酒屋「テロル」の代金は安い。
その辺の店など比較対象にすらならん。コース料理に至ってはデフレが発生したかと錯覚してしまう。
だが決してその安さに安心するな。
お釣りを注意深く観察しろ。たまに少し変な表情の漱石が混じっているかもしれない。見つかれば死刑だ。

最後になるが、居酒屋「テロル」の店長は優しい。
柔和な表情と融通の利く性格が心地良いナイスミドルだ。心を癒す優しい言葉にファンも多い。
だが絶対に気を許すな。奴の正体はいくつもの死線を潜り抜けてきた歴戦の戦士だ。
一度戦闘が始まれば、片手で機関銃を振り回し始めるぞ。逃げ遅れたら巻き添え食らってお陀仏だ。

わかったか。居酒屋「テロル」は危険だ。
命が惜しければ決して近寄るんじゃないぞ。
だからあの店に行くくらいなら、私の経営する居酒屋「クーデター」に来るんだ。
今なら安くしておくぞ。だから。な。


(014 [居酒屋] 居酒屋テロルに気をつけろ/終)


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