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完璧な計画だという自負があった。
余程のことがない限り――いや、実際あっても必ず何とかする自信はある――この計画は絶対に崩れない。
私はこの計画のために長い時間をかけて準備を続けてきた。その時間の分だけ、私は確信を強めることができた。
幸い、というより私にとっては当然だが、現時点で私を疑っている者は誰もいない。
彼らが気にしているのは、眼前で毒をあおって死んだ一人の青年の死という事実ただそれだけである。
その死の性質がどのようなものか――例えば、盲目で自動車の前に飛び出した老婆と同一のものなのか、
あるいは事業に失敗し主治医を騙して多量の睡眠薬を手にした男と同一のものなのか――を言い当てることはできないだろう。
ましてや、それが誰かの手によるものだとは想像もつくまい――なぜなら、人は恐ろしい可能性から目を逸らしたがるものだからだ。
ここまでは完全に私が事前に考えていた通りになった。そしてこれからも私の計画が遮られることはないであろう。
だが、不安がないわけではない。たった一つだけ、私の計画にはなかった事態が発生していた。
ヨットでこの島にやってきた二人の男。気の良さそうな顔の小男と、頬に傷のある長身の男だ。
彼らの訪問はまったくの予想外だった――この天気でこの島を訪れる人間がいるとは思わなかったのだ。
だが、この高い波と大雨の天気がある限り問題はない。この島を出ることはいかなヨットの達人でも不可能だ。
彼らはおいおい、行方不明に見せかけて海に突き落とせば良いだろう。ヨットはその時沖に流せば良い。
そして残った当初の面々で、計画は続けられる――私にはそうなるという確信がある。
だから、今はたじろぐ必要はない。機を伺って冷静に行動すればそれですべてが事足りる。

「さて、どうしたものでしょう、クリストファーさん」
スリーブスの屍体を彼の部屋に置きにいった面々が戻ってきて、私に伺いを立てた。私は落ち着き払って答えた。
「彼がどうしてあんなことになったのかはわかりませんが、とにかくこのことは外に知らせなければなりますまい。
 デビット、この館の電話はどこにあるのかね」
「それがクリストファー様、この館には電話はございませんのです。少なくとも私めは一度も見かけておりません」
 下男のデビットが申し訳なさそうに首を垂れる。サイモンが呟いた。
「我々より数日早くこの館にいるデビットが一度も見ていないということは、ないものと考えた方が良さそうですね。
 手分けして探しても良いのですが――それよりは、ボートで外へ向かった方が早いでしょう。
 女性の方々にはここにいてもらうとして――どうです、我々男手で船着き場へ行きませんか」
ロビンソンが首を振った。
「しかしサイモン君、この天気で海に出るのは自殺行為ではないかね」
「確かに天気は悪くなりつつありますが、このくらいなら大丈夫ですよ、ロビンソンさん。
 僕はこう見えても、ボートの腕に関してはかなりのものを持っているんですよ。
 それに、ボートは二つありましたから、万が一にも僕がだめだったとしても、
 皆さんは晴れてから問題なく島を出ることができます」
「しかし……」
まだ何か言いかけたロビンソンを制して、私は口を開いた。
「どちらにしろ、いったん我々で船着き場まで行ってみましょう。
 無理そうな場合でも、サイモン君に自分の目で海の状態を見てもらって、それで判断すれば良い」
ロビンソンもそれで納得したようだった。私はコートをとって、他の人間に言い放った。
「ケスラーさんとミス・ミリンダはここで待っていてください。デビットにはお茶の用意を頼む。
 マクドゥガルさんとブリュンスタッドさん、そしてサンダーさんは邸内を巡って電話を探していてください」
各自がうんと頷いたが、そこで例の二人組が私に近づいてきた。
「あの、おれたちはどうしますか」
「君たちも我々についてきてほしい。何かの助けになるかもしれないからね」
もちろん私は知っている、彼らは永久に助けなどにはなりえないことを!
なぜなら、二隻のボートはもう三時間も前に、大海原へと流れていってしまったからだ。

「な、ない! 馬鹿な、なぜだ」
空になっている船着き場を見つめて、ロビンソンは狼狽した。その横でサイモンが手を口元にあてて呟く。
「どうやら縄が解けて海に流されてしまったようですね」
「それでは、我々はどうやってこの島から出れば良いというんだね」
「落ち着いてください、ロビンソンさん。この島はそれほど陸地と離れているわけじゃない。
 何日も音沙汰がなければ、必ず誰かがやってくるでしょう。そうだろうサイモン君」
「ええ、クリストファーさん。僕もそう思います。けれど……」
「どうしたのかね」
「いいえ、何でもありません。ともかく、こちらにはまだヨットも残っているんだ。
 さすがにヨットでは今のこの荒れた海を渡ることは不可能ですが、連絡手段がなくなったわけではありません」
私はサイモンをじっと見た。時折見せる鋭い表情と言葉には、底知れぬものを感じ取ることができた。
もしこの島で最期を迎えることがなければ、ひょっとすると大人物になれたかもしれない。
だが、そのようなことを考えることには意味はない。計画は完璧だ。彼らは誰もこの島から出ることなく召されるのだ。
「とにかく、ここにいても仕方がありません。雨の当たらない館の中に戻りましょう」
 私の言葉にその場の人間は頷き、立ち去ろうとした。しかし、例のヨットの二人組が、動こうとしない。
「どうかしましたかね」
小さい方の男が言いづらそうに尋ねてきた。
「いえ……その、これって緊急事態ですよね」
「緊急事態といえばもちろん緊急事態です。人が一人、死んでおりますからな」
「ですよね……どうする? あまり人前ではやりたくないんだけどよ」
「仕方ねえだろ。緊急事態だから行かざるを得ないだろ。人助けだよ、人助け」
「うん、まぁそうだよな」
この二人は何を言っているのだ?
「じゃあどっちが行く? おれはこんな冷たい雨にはあまり当たりたくないぜ」
「いいよ、おれが行く。どうせ数分だ。お前はここで他のみんなと電話でも探してな」
「へへ、じゃあそうさせてもらおうかな」
「もし、あなた方は何の話をしておられるのですかな?」
たまらず口を出すと、二人は話し合いをやめてこちらを向いた。傷の男が口を開いた。
「いや、問題は解決しました。皆さんは館で暖かいコーヒーでも飲んで待っていてください。
 じゃあなクリリン、おれの分のコーヒー取っとけよ」
「任せろヤムチャ。戻ってきたら好きなだけ飲んでくれよ」
傷の男は目配せすると、突然ふわりと浮いて、瞬く間に荒海の彼方へ飛んでいってしまった。
彼の軌跡は一筋の光の線となって、どこまでも続く暗雲のさなかに、鋭い切れ込みが伸びているように見えたのだった。


……ってオイ!


(016 [孤島殺人] Z/終)


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