たまにあること


何年もタクシーの運ちゃんをやってりゃ、そりゃあ幽霊のひとつやふたつは見るもんさ。
だからさ、その夜、その婆さんを乗せた時にもピンと来たわけよ。
ああ、この婆さん幽霊だなって。
なんでわかるかって? そりゃあ簡単さ。乗せた瞬間にすげえ寒気するんだよ。
当然車内はクーラーガンガンきかせてるんだけどさ、もっとクるんだな。マジ。
それに、決まって無口なんだよ、幽霊って。
行き先だけ言ったら、あとは普通ひとことも喋りゃしない。それどころか動くのもまれ。
後部座席でじっと石のように固まって、だま〜ってこっち見てるんだよ。
ま、見てるだけだから、寒いのさえ我慢すればどうってことないんだけどな。

さて、その婆さんの話だったな。
気づいてないんだよ。
オレが、婆さんが幽霊だととっくに気づいてることに気づいてない。
正体バレてないつもりなんだよ。
こっちとしてはさ、それなりに場数踏んでるから一発でわかるんだけど。
婆さんにしてみりゃ、どうやらそーゆーの、わかんねえみたいなんだな。
いや、オレだって流石に乗せる前に気づくこたぁないけどさ。
大抵暗がりに立ってるから、足があるかどうかもよく見えないことがほとんどだしよ。
で、乗せてから気づく。やべえの乗せちまったって。
でもいくら相手が幽霊だからって、一度乗せちまったもんを降りろっつーわけにもいかんだろ?
逆に幽霊だからこそ、たたられるかもしれんしなぁ。
だからさ、乗せちまったらもう腹括るしかないんだよな、実際問題。
あとは勝手に消えてくれるのを待つだけだよ。指定の場所行けば、だいたい消えてくれるから。
売り上げ的にはもちろん損だけどさ。しょーがないべ。

あ、また話が脱線したか。その婆さんの話な。
オレはさっき言った通り、乗せた瞬間に正体がわかるんだけど。
まさか「おばあちゃん、実は幽霊ですね」って言うわけにもいかんし。
しょーがないから、普通通りの接客するわけよ。何処行くのおばあちゃん、ってな。
そしたらアレだ、行き先がお決まりの「○○霊園」と来たもんだ。
危なく吹き出しそうになったさ。まんますぎるぞ婆さん! ちょっとひねれや婆さん!
あ、言われたんだからそこ行くしかないしね、向かいましたよ○○霊園。
いくら幽霊慣れしてるからって、やっぱりあんまり気持ちのいい場所じゃないからなぁ。
できればオレだって夜中にそんなとこ行きたくないけどよ、仕方ないだろ。

でさ、幽霊乗せて走るにはちょっとコツがあってさ。
あんまり馬鹿正直に言うこと聞いても駄目なんだ。
十五年くらい前になるかな、若いねーちゃんの幽霊乗せて走った時なんか、
そのねーちゃんの言う通り言う通りに走らせてたら、危うく崖から落ちそうになったんだよ。
ギリギリのところでかろうじて止まったんだけど。
そしたらアレよアレ、ねーちゃんが消える前にぼそっと呟くんだよ「死ねば良かったのに」ってさ。
いやあ、あん時は怖かったね。
まだ幽霊慣れしてない、割と新米のペーペーの頃だったしさ。
流石にしばらく夜中に営業はできなかった。あー懐かしいな。
ん? ああ、悪りぃな。また話がそれた。
とにかくよ、そうホイホイ言うこと聞いてたら殺されるかもしれねえから、
基本的には相手の言う通りに、かつ適度に逆らう必要があんのよ。
わざと遠回りしたり、スピードめちゃめちゃ落としたりしてな。信号の多いとこあえて走ったり。
難しいもんだよ。

だからその婆さんの時もよ、あれこれやってみたわけよ。オレなりの幽霊対策。
まず最初は、しつこいくらい確認を繰り返したな。
ばあちゃん、本当に○○霊園でいいの? 何しに行くの? なんにもないよ? ってな。
タクシーの運ちゃんにしてはなれなれしすぎるけどよ、どうせ相手だって普通じゃねえんだ。
幽霊出るかもよー、とかちょっとスレスレのこと言ったりしてな。ぎゃははは。
でもやっぱり反応ねえさ。なんにも答えやしねえ。ウンともスンとも言わねえんだよな。
婆さん、ず〜っとだま〜ってこっち見てる。無視とも微妙に違うから、何と言えばいいのやら。
まぁ、普通幽霊ってのはそんなもんだしよ。ダメ元だったからそれは良かったんだが。
そんでもって次がなんだっけな、ああ、CDかけたんだ。CD。
オレが自分で編集した、「幽霊対策CD vol.3/六十代用ベストヒットソング集」。
オレ趣味がオーディオでよ、そーゆーの作る設備があんだよ。家に。すげえだろ。
……あん? 今はパソコンで誰でも作れるって? ちっ。マジかよ。自慢になんねえじゃねえか。
まぁんなことはいいや。
オレがよ、当時の流行歌をわざわざ調べて、お年寄りの好きそーな歌を並べたんだよ。
江利チエミとか雪村いづみとか小畑実とかよ。知らねえか。そりゃそうだな。
ただその婆さんみたいな年寄りの幽霊にしてみりゃタイムリーな歌手ばっかりだからよ。
ひょっとしたらいい気分になって成仏してくれるかもな、っつー淡い期待を込めてかけてみんだ。笑うなコラ。
……本当はちっちゃい音でお経も混ぜてあるんだが、それはここだけの話な。内緒だぞ。
実を言うと無線あるからそーゆーのかけちゃマズいんだが、緊急事態だし、いいかって。
ばあちゃんこんなのあるけどどう、つってかけてみたんだよ。ま、効果なかったけどな。
あ、ちなみに二十代用(vol.1)と四十代用(vol.2)もあるぞ。ベストヒットソング集。今度聞いてみるか?
いい? あっそ。

で、探り入れても無反応だし、CDかけても効果ねえし。仕方ねえから素直に○○霊園に向かったさ。
本当はとっておきの対幽霊漫才でもかましてやろうかと思ったんだが、相手婆さんだしな。
オレの漫才は同年代、あー要するに四十代くらいが対象だから、わかってもらえねえだろうなと思ったんだよ。
実を言うと昔ちょっと漫才師目指してたことがあってな。結局タクシーの運ちゃんに落ち着いたんだが。
ん? ああ、最近は芸人っていうのか。大道芸人みたいだな。漫才師なんて古いって? うっせえな。
ああ、この話はやめだやめ。本題に戻るぞ。
でよ、その○○霊園だけどな、婆さん拾った場所からだと一本道なんだよ。つまり遠回りできねえんだ。
そりゃ無理すればできなくもないが、何回か同じ道走ることになるから流石に不自然だろ。
だから、せめてお経が効いてくれるように祈りながら、たらたら走らせたわけよ。霊園まで。
んで。婆さん乗せてから三十分くらいで霊園の入り口に到着。
近かったから、そんなもんさ。実際はもっともっと長く感じたけどよ。ともあれ、着いたんだ。
さてオレの経験じゃ、こっから2パターンあるんだよ。もう消えてるパターンと、もっと奥まで行けってパターン。
もう消えてくれてるんならありがたいんだ。適当に気味悪がって、とっとと帰ればいいんだから。
でも面倒なのがもっと奥まで行けってパターン。
どんどん墓場の奥まで入ってくんだぜ? 嫌だろ? それに、下手すれば命にかかわるかもしんねえ。
いなくなっててくれー、いなくなっててくれーと念じながら、後部座席見たさ。
婆さん、しっかり座ってたよ。そんでもっと奥まで行けとさ。最悪のパターンよ。
でもよ、さっきも言ったけど、下手に断ってたたられても困るしなあ。行ったぜ、奥まで。
少し行くたびに「おばあちゃん、ここでいいかい?」って訊いたんだが、そのたびに首振んだ。
さっきまで石のように動かなかったくせに、こーゆー時だけよく動くんだよな。婆さん。
んだよそれ、とか思ったけどよ、それだけ強い想いってことだから、逆らったら後が怖いし。
そんな感じで結局、一番奥まで行っちまったよ。

そしたらよ、びっくりしたぜ。
人がいるんだよ。爺さん。つるっぱげの爺さんが立ってんだ。
普通よお、んなとこに人がいると思わねえだろ。だから、また幽霊かと思ったんだよ。
けどまぁ人間だったよ。普通の人間。幽霊っぽい気配なんか全然しねえ。
ぶっちゃけ、婆さん乗せた時よりよっぽどたまげた。そんなの初めてだったからな。

爺さん、なんか入院着みたいなの着てる細っこい爺さんだったんだけどよ、
オレのタクシーに寄ってきて、窓をコツ、コツって叩くんだよ。
でも、全然幽霊って感じじゃなかったし。素直に窓、開けたさ。
そしたら、ありがとうありがとうって、いきなり頭下げ始めてんだよ。
んなこと言われたって、オレは幽霊乗せてきただけだしさあ。
で、そこで婆さんのこと思い出して、振り返ったらやっぱり消えてた。
爺さんに気を取られてる間にふっと消えちまったみてえだった。
薄ら寒さも消えてたし。
ま、いなくなったんだから問題解決だ。
爺さんの頭上げさせたら、一気に気が抜けた。それまでずっと緊張状態だったからなあ。
そしたら爺さん、なんか立派な財布出して、これせめてものお礼ですって。ごそっと引き抜くんだよ。
びっくりしたね。見たことねえくらいの大金。オレの何か月分の稼ぎだってな。
でもやっぱ墓場だろ? そこ。んなとこで夢みたいな大金だぜ。どうにも気味悪くてなあ。
そんなにもらったらなんかバチ当たりそうだったんで、普通に運賃分だけもらう程度にしといたよ。
馬鹿だって? うっせえな。いいじゃねえか。オレの勝手だろ。なんか怖かったんだよ。

また何遍かお礼言われて、断って、それでやっと仕事終わりよ。
どうすんだと思ったら、爺さん、ひょこひょこ歩いて墓場の中に戻ってくんだ。
止めるのもなんだかアレでよ。タクシーの中から、呆然と見送ってたな。
そしたらな、チラチラ見えんだよ。爺さんの隣に、なんか青白いもやみたいなのが浮いてんの。
やっぱりアレはきっと、オレが乗せてきた婆さんだったんだろうなあ。

さて、その話はそれで終わりなんだけどよ。実はちょっと後日談があってな。
次の次の日の新聞かな。あの霊園のことが載ってたんだよ。
やーな予感はしてたんだが、爺さんがひとり、死んでるのが見つかったってニュース。
別に顔を確認したわけじゃねえが、まぁ、あの爺さんだったんだろ。きっと。
死ぬ前に婆さんと会いたかったのか、婆さんと会ったせいで死んだのか、それはわからんけどさ。
本人が納得してたんだから、他人が口を出すような問題じゃねえわな。
ま、そーゆーことだ。
長いことタクシーの運ちゃんやってると、こういうこともたまにあるんだよ。


(020 [タクシー怪談] たまにあること/終)


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