星人たちのホーリーナイト


この星に出向に来てからもう半年が過ぎた。

この星に住む人類は、僕の生まれ故郷の地球に住む人類と姿形は変わらない。
僕たちと同じように哺乳類から進化し、僕たちと同じような歴史を辿り、僕たちと同じような文化を築き上げてきた人々。
今僕が立っているこの街だって、ビルがあり、車があり、たくさんの人々が行き交い、
みんな渋滞に苛立っていて、そしてやっぱり空気が少し汚くて、地球にある街と少しも変わらない。
地球だ、と思ってもらって何の差し支えもないだろう。だから慣れるのも早かった。
最初は違う星で暮らすのは初めてだったから緊張したが、来てみれば何のことはない、普通の街だった。
地球にいた頃と同じように、夜遅くまで残業して、たまの休みには家でごろごろしながら暮らしている。

ただ、やっぱりこの星には、決定的に地球と違う部分がひとつだけある。
飛ぶのだ。
この星の人々は、空を飛ぶ。
しかも、ただ飛ぶのではない。真上に向かって噴き上がるのだ。
おならで。

子供も、老人も、サラリーマンも、アイドルも、総理大臣も、警察官も、みんな飛ぶ。

この星の人類は地球の人類と違ってスカンクから進化したらしい。
だから彼らは深く感動したり、ひどく興奮すると尻からガスを噴出する。
そしてその反動でぶばあっと宙に舞い上がる。ジェット噴射のようなものだ。
ひとしきり噴き上がったあとは、ぼばばばばとホバリングしながら、ゆっくりと舞い降りてくる。
それから、何事もなかったかのように再び動き出す。あとにはちょっと嫌な臭いだけが残る。

たとえばテレビを見てみよう。
電源を入れると、たまたま料理番組がやっていたとする。
「では青コーナーより『ロアイノシシの地中海風スープ』でございます」
審査員の芸能人たちの前に湯気のたつスープが運ばれてくる。
だしをふんだんにとった、見ているだけでよだれの出そうなスープだ。
最初に審査員の美人アイドルが、ひとくちスープをすくって飲む。
「うわあ、美味しい!」
そこで彼女は舞い上がる。ぼばああん。カメラから姿を消す。次に隣のベテラン俳優がスープを飲む。
「うむ、これは!」
ぼばばばば。俳優と入れ替わりにさっきのアイドルが降って来る。他の審査員たちも次々飛ぶ。戻ってくる。
これが日常だ。平和な世界だ。

先日オリンピックがあった時はもっと凄かった。
スタジアムに集まった何万人もの人々。彼らが一斉に舞い上がる情景はまさに壮観の一言だった。
カメラがトラックから観客席に切り替わる。誰もいない。かと思いきや、ばらばらと人が降って来る。
他にもウェーブをやったり、カウントダウンに合わせてせーので飛び上がったり、いろいろと見ていて楽しい。
開会式のセレモニーもそのへん(観客の感情)を考慮に入れて考えられているため、地球のものよりずっと複雑だ。
何をどのタイミングでやったらどの国の人々が舞い上がるか、きちんと計算に入れてあるため派手なことこの上ない。
僕は仕事があるためテレビで見るだけだったのだが、その時は深く感動してしまったものだ。

さて、そんなこんなで、この星もそろそろ聖日が近付いている。
地球で言うところのクリスマスみたいなものだと考えて良い。雪が舞う中、恋人たちが互いの愛を確かめあう日。
もちろん、ちょっと小洒落たレストランなんかは予約でいっぱいになる。僕ももちろん予約した。
お相手は現地人の彼女で、僕の会社の受付嬢をやっている。眠そうな目をした背の高い娘だ。
豪華なフルコースをひとしきり堪能した後、僕は彼女にそっと包みを渡す。
「これ、安物で申し訳ないんだけど」
ブランド物のネックレスなので、もちろん安物云々は嘘だ。地球で言うところの二十万くらいはした。
「うそ、エルメェスだ!」
ぼばああん。ほのかな臭いと共に、彼女が飛び上がる。ぼばばばば。彼女が降って来る。
気に入ってもらえたようで何よりだ。ちなみにこの星の建物は天井がとんでもなく高いため、頭をぶつけることはない。
「本当にいいの?」
「もちろん」
「ありがとう!」
その言葉が嘘じゃないことはおならでわかる。満面の笑みで喜ぶ彼女を見て、僕も嬉しくなった。

夕食を終え、外に出る。粉雪の舞う夜の街並を少し歩いて、デートスポットの臨海公園へ。
周りは同じように聖日を楽しむカップルたちで溢れている。皆、この上なく幸せそうな顔だ。
「あ、すいません。デートですか?」
突然後ろから赤いコートの少年に声をかけられる。ああ、と頷くと、ヨーヨーのようなひものついた玉を渡された。
「もう少しこの公園にいますよね。これ、あげます。持っててください」
そう言い残して少年は次のカップルの元へ走り去る。どうやら、この玉と同じものを渡してまわっているようだった。
「なんだろう、これ」
「さあ、プラスチックかな? 蓋は……ネジで止めてある」
「爆弾じゃないよね」
テニスボールよりは大きく、サッカーボールよりは小さい。半透明なプラスチックで覆われていて、中はよく見えない。
目を凝らすと、底の方に『帝都第三ホテル』のラベルが貼ってあった。
「ああ、なら大丈夫だよ」
「どうして?」
「いや、このあと第三ホテル主催のちょっとしたイベントがあるんだ」
この玉もそのイベント絡みの小道具なのだろう。用途は想像もつかないが。
「イベント? それって……」
どーん。
彼女の言葉を遮るように、轟音が響き渡った。彼女はびっくりして音のした方を振り向く。
帝都第三ホテルの屋上から、巨大な花火が花開いたところだった。
「冬の花火だってさ。なかなか珍しいだろ」
「綺麗……」
がしっ。彼女が僕に抱きついてくる。どうしたのかと思った瞬間、僕たちは舞い上がっていた。
花火をバックに、彼女のジェットで夜空に向かう。冷たい風とさらさらの雪が頬を撫でる。
こんな体験、地球でできるものじゃない。
「あっ、玉が!」
彼女の驚いたような声。指差す方を見ると、さっき渡された玉が緑色に光り輝いていた。
時間が来たら中が光るように作られていたのだろう。
「へえ、凄いな」
「見て、まわりも……」
彼女を抱きしめたまま、周囲を見回す。
僕たちと同じようにそこかしこで舞い上がっている恋人たち。そして、彼らの持っている玉もすべて緑色に光っていた。
闇の中を漂う無数の蛍たち。花火の光が夜を裂き、粉雪がその情景を彩る。冬でもなく、もちろん夏でもない。
こんな体験、地球でできるものじゃない。
僕たちはキスしながら、ゆっくりと地上に舞い降りていった。

この星は地球ととてもよく似ている。だけど、やっぱり違う部分もある。
まあどっちにしても、この星はとてもいいところだ。


(023 [おなら] 星人たちのホーリーナイト/終)


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