思ったことをすぐ口に出すマン


思ったことをすぐ口に出すマンはヒーローですが、みんなに嫌われています。
なぜなら、思ったことをすぐ口に出すからです。
だから、彼はいつもひとりぼっち。
道を歩いていても、誰も声をかけてくれません。
家にいても、誰も遊びに来てはくれません。
でも、彼は思ったことをすぐ口に出すのをやめようとしません。
なぜなら、彼は思ったことをすぐ口に出すマンだからです。

思ったことをすぐ口に出すマンは物事を深く考えません。
これは言わない方が良いとか、言い方を変えようとか、そんなことはまったく考えません。
言いたいと思ったことはその瞬間にそのまんま表に出す。いつもそうやって暮らしています。
ぽんぽんと、歯に衣着せぬキツい言葉を誰にでも平気で浴びせる。相手が不快になろうとお構いなしです。
しかし、彼は理不尽なことは言いません。大抵の場合、彼の言葉は真実を的確に突いています。
でも、いや、だからこそ、彼はみんなに嫌われています。

例えば、本屋で万引きをたまたま見てしまった時。
ぼくなんかは、とりあえずその場でオロオロとしてしまいます。
面倒なことになりそうだ。ぼくには関係がないだろう。でも、黙って見過ごすのも共犯みたいで嫌だ。
どうしよう。そもそも本当にあれは万引きだったんだろうか。見間違いじゃないのか。
そんなことをうじうじと考え続けてしまいます。
ですが、思ったことをすぐ口に出すマンは違います。何もできないぼくの横を通り、犯人の前に立ってひとこと。
「おい泥棒野郎。今盗ったもんをすぐに出せ」
「な、何を言って」
「見てたんだよ。つべこべ言わずにそのバッグの中を見せろ」
どんな言い訳も、思ったことをすぐ口に出すマンには通じません。
ですが犯人だってそう簡単にハイ見せましょうとは頷きません。当たり前ですが必死に抵抗します。
結局は見せろ見せないの押し問答になった挙句、店の人が来てふたりを奥に連れていきます。
ぼくはその間、少し遠いところからずっと事の顛末を見ているだけです。
なぜなら、ぼくは思ったことをすぐ口に出すマンではないから。
だから、何もできないのです。

ちなみに、そのあとのことは部外者のぼくにはよくわかりません。
けれど未だに彼がその店に出入り禁止になっていないところを見ると、たぶん上手くいっているのでしょう。

ですが、そんな良い結果になることは珍しくて。
大抵の場合、彼の言動は悪い結果を招きます。
「すぐそこに灰皿があるだろうが。そんなところに吸殻捨てられると迷惑なんだよ」
「うろちょろすんじゃねえよガキどもが。轢かれたいのか」
「駐車禁止の立て札が見えねえのか。邪魔臭え邪魔臭え」
いつもそんなことをわめきながら歩いているため、みんなが彼には嫌な顔をしています。
でも、言い方はともかく内容は決して間違っていないので、誰も言い返すことはできません。
無言のまま、ムスッとした顔で指摘に従うか、さもなくば無視を決め込みます。
そして彼の姿が見えなくなってから、ぶつぶつと陰口を叩くのです。

「オイ、てめえどこもケガなんてしてねえじゃねえか。慰謝料なんて払う必要ねえだろう」
「あ? 今何つった? ……おい兄ちゃん、ちょっとこっち来いや」
思ったことをすぐ口に出すマンはたまに不良だかヤクザだかわからない人と喧嘩になることもありますが、
彼はヒーローなのでいつもあっさり勝ちます。
もちろんぼくはヒーローではないので現場を覗き見る勇気はありませんが、勝敗はすぐにわかります。
なぜなら裏路地で繰り広げられる喧嘩の間中ずっと、そして最後までやむことなく、
思ったことをすぐ口に出すマンの正しい内容の罵声が聞こえ続けているからです。
「脇が甘いんだよ。ホラそんなボサッとしやがって殴ってくれっつってんのかてめえは」
「人に喧嘩売ろうってんならせめて五分は保つくらい強くなってから来い、雑魚」
受け取り方によっては相手のことを心配しているようにも聞こえるから不思議なものです。

そんな日々が続いていると、ある日突然大きなロボットの大群が街を占拠してしまいました。
世界征服を目論むDr.メチョポリーがいよいよ本格的に動き出したのです。
街の中心部にある広場に突如現れた超巨大ロボット。そのてっぺんのコクピットにDr.メチョポリーはいました。
妨害電波を出すロボットによって都市機能をほぼ麻痺させられた街の上空に浮かんだ大型スクリーンに、
Dr.メチョポリーの歪んだ顔が映し出されます。
「おはよう、諸君。我輩はDr.メチョポリーである。
 おわかりかと思うが、この街は我が夢の第一歩として占拠させてもらった。
 我が夢。それは、汚らわしい人間を残らず駆逐し、純粋なロボットたちの世界を作ることである」
スクリーンの中のDr.メチョポリーは怒っているような笑っているような不思議な表情をしました。
「なあ、諸君。我輩はこの世界が大嫌いである。醜くて醜くて見ていると堪らない気分になるからだ。
 花も木も石も水も鳥も村も町も山も、全て醜い。……だが一番醜いのは、そうだ、人間である。
 世界の中心に置くのは常に自分。
 他者を傷つけ、妬み、嫉み、表ではニコニコ笑いながら影では足を引っ張りあう。
 それでも自分がいつでも正しいと思っている。
 嫉妬、憎悪、背信、不遜、傲慢、欺瞞……それが人間の本質……醜悪だ、どうしようもない。吐き気がする。
 綺麗なのは見せかけだけ。どいつもこいつも裏側は腐っている。
 だから人間に代わりロボットが世界を支配すべきなのだ。地球の環境破壊も止まり、万々歳じゃないか。
 きっと平和で理想的な世界になることだろう。はっはっは、はーっはっはっは」
街中に、巨大スピーカーを通したDr.メチョポリーの高笑いが響き渡ります。
その時。
「何言ってやがる。一番腐ってんのはてめえじゃねえのか」
負けじとメガホンで応戦したのは思ったことをすぐ口に出すマンでした。
「自分の都合で勝手に暴走しやがって。てめえのエゴで街中の人間が迷惑してるのがわかんねえのか。
 人のことをどうこう言う以前に、まず自分が駆逐されろよ。てめえだって人間だろうが。違うのか?
 自分だけ例外、と考えているんならそれこそてめえの言う“常に自分が世界の中心”そのまんまじゃねえのかよ。
 だいたいてめえはさっきからみんなみんな言ってやがるが、そのみんなってのはどこのどいつを指しているんだ?
 具体的に言ってみろよ誰と誰と誰と誰が醜いのか。言えねえわけねえよなあそこまで断言したんだからよ。
 まさかノリでみんなとか言っちゃったわけか? まさかな! 学者ともあろう者がそれはねえよな。
 で、サンプル数は? ちゃんと統計学的に信頼できる数のサンプルを対象に調査したんだろ? 教えてくれよ。
 てめえがこれまでの人生で接触した僅か数千・数万人だけじゃあサンプルとしては圧倒的に足りないぞ?
 いや、この場合は世界人口60億全員を確かめなければ命題としては成立しねえな。
 ……なら俺は調査された記憶がないから、てめえの言うことにそもそも説得力はないわけだ」
しんとした街中に、思ったことをすぐ口に出すマンの反論だけがこだまします。
Dr.メチョポリーは無表情でしばらく黙ったあと、ぼそっと呟きました。
「……潰せ」
思ったことをすぐ口に出すマンの近くにいたロボットが一斉に彼に襲いかかります。
ですが、さすがヒーロー。一瞬ですべて蹴散らして、毒舌を再開します。
「なんだ、都合の悪いところ突かれて返事に困ったわけだ。
 それで暴力で解決っててめえは癇癪起こした幼稚園児か何かかボケ。精神年齢いくつなんだ?
 大人ならきちんと大人な応対をしろ。過失はすぐ認めるのが大人ってもんだぜ。
 それとも何か。間違っていないと言うのなら、その根拠を示せっつってんだろ」
「貴様……」
「貴様じゃねえだろ貴様じゃ。話はぐらかすな。そう思った根拠をお ・し ・え ・ろって何度言えばわかるんだ?
 言えないんならてめえのやってることは単なる独り善がりだ。迷惑だから今すぐやめてくれ。
 そもそもなあ、人間を駆逐してそれで世界が簡単に平和になると思ってんならそれがすでに間違いなんだよ。
 人間が地球の環境にどれだけ食い込んでると思う? 今更取り除いたくらいじゃ何の解決にもなんねえぞ。
 てめえのロボットが何万体いるのか知らんが、そんなのに任せてたら百年経っても終わんねえっつの。
 だいたいそのロボットを動かすのにまた燃料食うんだろ? 地球壊すのはおんなじじゃねえのかよ」
スクリーンをビッと指差し、メガホンで絶叫します。
「ああ、だんだんムカついてきた。これじゃキリがねえ。
 ともかく、てめえがやめねえんならこっちからやめさせるしかねえよな。
 てめえは広場にいるんだな? すぐに飛んで行くから覚悟しておけよ」
言うが早いが、思ったことをすぐ口に出すマンは物凄い勢いで広場に向かって走り去ってしまいました。
やがて、彼の向かった先から断続的に爆発音が聞こえてきました。
どごん。どぅん。どぉぉん。だんだん遠くなっていきます。邪魔するロボットを片っ端から破壊しているようです。
人々はどうして良いのかもわからず、ただ呆然として広場の方角を眺めているだけでした。
そして。
「おのれええええええええええ」
「うるせえからわめくなクソジジイがああああ」
スクリーンに怒りの形相の思ったことをすぐ口に出すマンと怯えるDr.メチョポリーが一瞬だけ映され、
プツンと映像が途切れました。

こうして街は救われました。
しかし、思ったことをすぐ口に出すマンはやっぱり今も嫌われたままです。
彼を見ると、誰もが嫌そうな顔で憎々しげに彼のことを見つめます。
Dr.メチョポリーのことはあまりにも一瞬で片付いてしまい、感謝も何もする気になれず、
わけがわからないままなんとなく終わってしまった、という人がほとんどのようでした。
かく言うぼくも、似たようなものだったんですけど。

だけど、ちょっとだけ変化もありました。
思ったことをすぐ口に出すマンは話しかけられるようになりました。
もちろん、彼を褒め称えるような言葉ではありません。どちらかというと文句ばかりです。
「いちいちうるさいんだよてめえは」
「うちの子まで汚い言葉遣いになったじゃないですか。どう責任を取ってくれるんです」
「もっと言い方とか考えられないのかお前は。馬鹿だのボケだの、聞いてて不愉快だ」
「何でも言えば良いってもんじゃないんですよ。わかります? 人間社会なめてるんですか」
ですが、思ったことをすぐ口に出すマンは満足げです。
人々に文句を言われ、罵倒され、説教されても、それでも彼は嬉しそうです。
「あっ、思ったことをすぐ口に出すマンだ。ばーか」
そして、たまに子供なんかがこんなことを言おうものなら、彼は満面の笑顔になって、
「いい気分だ! よし、今日も思ったことをすぐ口に出しまくるぞ!」
などと絶叫してのっしのっしと闊歩し始めるのです。
ぼくのような第三者は「おいおい、勘弁してくれよ……」と思いつつ、
偉そうな彼の背中に向かって、文句のひとつも言いたくなるのでした。


(025 [正直] 思ったことをすぐ口に出すマン/終)


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