M.R.C.


自分以外の周囲の全ての人間が実は裏で繋がっていて、
自分はその人々の演技に騙されて演出された偽りの日常を送っている。
そんな幻想を抱いたことはありませんか?

今まで誰にも言ったことがないのですが、私は謎の組織に監視されています。
物心ついた時からずっとです。
幼稚園に入り、小学校に通うようになって、中学、高校と進学する中で、
常に何者かに見張られ続けてきました。
私はその組織を、便宜上「M.R.C.」と呼んでいます。

彼らの総数はわかりません。しかし、かなりの数の人間が関わっているようです。
彼らは年齢も性別も職業もまちまちだし、町中のいたるところにごく自然に溶け込んでいます。
そして私をあの手この手で誘導し、決められたシナリオ通りの未来へ導こうとやっきになっているのです。
理由や目的はわかりません。
しかし、私にはそれに逆らうことはできません。
どんなに彼らの思惑とは違う行動を取ろうとしても、多くの人々があらゆる方向から干渉してくるので、
結果的に最後には必ず彼らに従わざるを得ないのです。

もちろん全ての人間が「M.R.C.」に所属しているわけではありません。
しかし、ちょっと数えてみただけでも物凄い人数が私の元へ派遣されているようです。
幼稚園の園長先生、小学校の担任のおばさん、塾の先生、中学の同級生、部活の先輩、高校受験の試験官、
最寄のコンビニの店員さんや隣のおじさんやいつも同じ電車に乗るOLや近くの病院の先生や弟の彼女まで。
細かく挙げてゆくと正直キリがないほど沢山いますが、みんな例の組織の一員です。
入れ替わり立ち替わり私のそばに常に彼らのうちの誰かがいて一時の隙もなく私を監視し続けており、
偶然を装っては私に接触し、私の行動を完璧にコントロールしようと目論んでいるのです。
理由はわかりません。

彼らの支配は私の生活の隅々にまで及んでいます。
例えば、今日一日のことを例にあげて説明してみましょう。
朝、マッシュルームカットの隣のおじさんが車で出勤する音で目が覚める。
マッシュルームカットのレポーターが説明する星座占いを横目で見ながら朝食を食べ、
マッシュルームカットの友達ふたりと待ち合わせて決まった時間に家を出る。
バス亭ではマッシュルームカットのサラリーマン数人がさりげなく私の前後をがっちり固め、
マッシュルームカットの初老のおじさんが運転するバスに乗って学校を目指す。
マッシュルームカットの女子高生の次に並んでバスを下り駅から電車に乗り継いで、
満員電車の中で痴漢に遭ったらマッシュルームカットの大学生が痴漢を捕まえてくれる。
学校には少し遅刻しても、マッシュルームカットの担任は事情を聞いてあっさり無罪放免してくれるし、
遅れた授業の内容はマッシュルームカットの同級生がノートを見せてくれるので問題ない。
お昼はマッシュルームカットの用務員さんがたまたま鍵を開けてくれた屋上で食べ、
午後の授業ではマッシュルームカットの隣のクラスの人が忘れた体操着を貸してくれる。
帰りはマッシュルームカットの先輩の誘いを断って買い物をしに街へ繰り出してみると、
駅前でいきなりマッシュルームカットのお兄さんがナンパしてきて、
それを通りかかったマッシュルームカットの人が止めに入ってきて追い払ってくれる。
大事になった喧嘩を止めるためにマッシュルームカットのおまわりさんがやってきてふたりを連れていくのを見送り、
それですっかり買う気を失くしてマッシュルームカットのおばさんの集団と一緒に大人しく家に帰ると、
冷蔵庫には父のマッシュルームカットの友人が送ってきた美味しそうなメロンがあって、
マッシュルームカットの店員が売ってくれた良く切れる包丁で四つに切ってぺろりと食べる。
夜、テレビではマッシュルームカットの芸人がいつも通りにコントをやるのを見てから、
マッシュルームカットが可愛い弟の彼女に薦められて買ったシャンプーを使ってゆっくりお風呂に入って、
マッシュルームカットの若いお兄さんの臨時教員が出した社会の宿題をさっさと片付けてしまったあとは、
近所のマッシュルームカットのクリーニング屋さんが洗った清潔なシーツに包まっているうちに眠くなって、
マッシュルームカットじゃない彼氏ができる夢を見ながら一日が終わる。
毎日、だいたいそんな感じに過ぎてゆきます。

もちろん彼らは自分たちの正体には気付かれていないと思っているのでしょう。
私が何も知らず、自分のことをごく普通の一般人だと信じていると思っているのでしょう。
しかし、私にはわかってしまうのです。
私の周囲では常に「M.R.C.」の監視の目が光っているということが。
そして、彼らが何らかの目的をもって私の日常をコントロールしようと目論んでいることが。
彼らの目的は何なのか。それはわかりません。
何故私なのか。他にも同じ目に遭っている人がいるのか。それとも私だけなのか。何もわかりません。
私にわかることと言えば、せいぜい彼らとそうでない人の見分け方くらい。
それと、なんだかわからないが折角見守ってくれているなら利用した方が得だ、ということくらいです。


(026 [謎の組織] M.R.C./終)


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