空に光る


真っ赤な炎に焼かれながら、ぼくはお母さんに抱きしめられていた。
指一本動かせない体で、お母さんの顔をきょとんと見る。
つんと鼻にくる匂いに顔をしかめていると、お母さんはそっと呟いた。
「………………」「たかちゃん、たかちゃん」
静かな箱の中、お母さんの涙声。
炎の燃える音しかしない。「どうしたの?」と聞いてみる。
ぱちぱちと木の箱が爆ぜる音が響く、返事はない。
一面にはまばゆいばかりの真っ赤な光。お母さんの肩越しに、青い青い空が見えた。

ぼくたちは、つながっていて。
体はふたつに分かれたけれど、たぶん心はどこかくっついたままだったんだ。
言葉にしなくても、ぼくたちはわかり合えた。
今もほら、互いのことがこんなにもわかり合える。

やがて突然体が軽くなって、泣きじゃくるお母さんはお父さんにうながされて建物の中に入っていった。
ふわり、と浮き上がる感覚がして、ぼくはひとりでその場から動かない。
今まで石のように動かなかった手が自在に動く。足が地面にくっついてしまったように動かなかった。
うれしくなって、ぼくは両手をぶんぶん振り回してみた。ぼんやりと空を流れる雲を見る。
やがてぼくは炎と箱を抜け出て、今日はとてもいい天気だった。
そのままどこかの部屋の中に飛び出すと、突然肩を叩かれ、驚いて後ろを見る。
知ってる人が何人かと、知らない人が何人か、たかちゃんのクラスの先生だった。
とても悲しいことがあったかのような顔をしている。ぼくの顔を見ると、ぐっ、と顔に力を入れた。
一体何があったんだろう。「さとしくんは、ひとりなの? お母さんは?」
と、その時部屋にお母さんとお父さんが入ってきた。「あの中入っていっちゃったよ」
お母さんはぐずぐずと泣きじゃくっていて、お母さんたちの入っていった、目の前の真っ白い建物を指差す。
いつものあのお母さんと同じ人には見えない。「そう」押し殺したような声。
いつものお母さんはもっと怖い。「先生もあの中に入るの?」
目の前にいるお母さんは、とても弱そうに見えた。先生は首を振って、ぼくの肩に手を置いた。
お母さんのとなりにいるお父さんも今にも倒れそうで、濡れたような瞳に青空が映る。
いつも家でごろごろしているお父さんとは違う人のようだった。「私はさとしくんと一緒にここにいるわ」
変なの。「うん」正直に言うとひとりは淋しかったので、ぼくはうなずいた。

お母さん、泣かないで。先生、泣かないで。
ぼくたちは元気だよ。
何が起きているのかわからないけど、
ぼくたちは元気だよ。

また体が軽くなって、建物のてっぺんにある煙突から、
ぼくはゆっくりと天井に昇り始めた。もくもく、黒い煙が昇り始めた。
こんなに高い場所に来たことはなかったから、先生がなぜかぎゅっと目をつむって、
少し怖い。ぼくの手を掴んでぎゅっと握った。
お母さんたちはもうはるか下だ。黒い煙が青空に溶けていく。
そして、そのまま天井を通り抜ける。まるで水に垂らした絵の具のように、
屋根裏の真っ暗いところを抜けて、ちょっとだけ汚い色になった雲を見ていると、
屋根からふわりと空に飛び出した。何かが屋根から飛び出してきた。

あっ。
さとちゃんだ。たかちゃんだ。
二日ぶりだね。
今までずっと一緒にいたから、
こんなに長い間離れ離れだったのは初めてだね。

ぼくはこれからお空の星を見に行くよ。いいなあ、ぼくも行きたいなあ。
せっかく空を飛べるんだから。でも、ぼくはお母さんのそばにいなくちゃ。
さとちゃんも連れていきたいけど、ぼくもついていきたいけど、
飛べるのはぼくだけみたいだから。ぼくはおうちでお留守番してるよ。
だから帰ってきたら、
今度はさとちゃんも連れて行くよ。今度はぼくも連れて行ってね。
約束だよ。

じゃあ、
バイバイ。

ぼくを見上げるさとちゃんが、ぼくを見下ろすたかちゃんが、
だんだん小さくなっていって、
ぼくは風船のように、ぼくは石のように、
ふわふわ空を昇っていった。じっと先生に抱かれていた。

やがてまわりがだんだん暗くなってきて、「かそう」はこれで終わったらしい。
青空の色が薄くなってきた。建物からお母さんとお父さんが出てきた。
遠くが夜みたいになっていて、手には小さな箱を抱えている。
小さな光がちらちら見える。先生はいつのまにかいなくなっていた。
ぼくはさらに昇り続ける。ぼくはお母さんたちと一緒に、「しきじょう」に戻るバスに乗り込んだ。
どこまでも、戻ったら、またお坊さんの長い話を聞かなくちゃならない。
遠くへ。ぼくをおいて青空高くへ遊びにいったたかちゃんがうらやましかった。

空に光る無数の星々。

バスの窓から外の景色を眺めていると、
ふいに一面の星空が見えたような気がした。


(029 [赤と青] 空に光る/終)


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