数字(その2)


昔な、妹がいたんだよ。
妹はあたしのいっこ下で、すぐびーびー泣くような女の子っぽい子だった。
あたしが男みたいな性格だったから、その反動だったのかもしれない。
でもそのくせあたしにすっごい懐いてて、
小学生の頃とかずっとあたしの後ろにくっついて歩いてたんだよ。
ちっちゃいぷにぷにした手ぇ伸ばしてさ、あたしの指をぎゅっと掴むんだ。
可愛かったぞ、マジで。おまえの数億倍は可愛かった。
だからあたしは王子様気取りでますます男臭くなっちゃって。
おまえも知ってる今のあたしのよーな変人になっちゃったわけ。

でも中一の春先、妹は事故に遭っちまった。
どこぞのアホウの車に轢かれたのさ。
それからずっと意識が戻んなくて。頭をちょっとやられてしまったみたいでさ。
病院のベッドで、寝たきりだよ。まだ中一の女の子がだよ。
あたしが話聞いて駆けつけたら、ベッドに寝てる妹にいっぱいチューブが繋がってて、
それがなんかもう、見てて怖いんだよ。
事故に遭ったってことそれ自体より、そんなチューブまみれの妹の姿の方が怖くて怖くて。
あたしだってあの時はまだ中学生だったからな。ビビリだったのさ。
でも、可愛い妹だ。
いくら怖くても、それより心配の方が勝つのは当たり前だろ?
おそるおそる近付いて、そっと手を握ったら、
その瞬間、妹の胸から「1」が飛び出して、すっと、消えた。

そうさ。あたしにしか見えない、あの数字さ。

それからも毎日毎日、見舞いに来たあたしの目の前で、
妹の命が1ずつ飛び出していくんだよ。
文字通り、妹の身体から命が少しずつ失われてゆくのが見えるんだ。
ゲームだと毒とかスリップ状態って言うのか? アレ。
あんな感じで、わずかずつ体力を削り取られてくんだ。
最初はそーゆーもんだと納得してたから良かったんだが。
けど何か月経っても目を覚まさない妹の身体から、
ほんの少しずつ、けど確かに生命力が飛び出して消えていくのを見てるうち、
なんか凄く泣きたいような気分になってきてな。
まわりは親も医者も誰もそんなもの見えてないから良いんだけど、
なんか知らないけど、あたしだけ「それ」がばっちり見えんだよ?
大好きな大好きな妹の身体からさ、
1、1、1ってふざけてるような白い数字がぽんぽん飛び出してきてさ、
それと一緒に確実に少しずつ少しずつ顔とか腕とかが痩せてくんだよ?
けどたかが中学生ごときにどうにかなる話じゃないだろ。
泣いたってわめいたって数字は止まんないしさ、
妹もぜんぜん目ぇ覚まさないしさ、
どうしようどうしようってそんなこといくら考えてても意味ないしさ!
他の連中は大丈夫きっと元気になりますよとか適当なことほざいてても、
あたしにだけはどうしようもなくわかっちゃうんだよ。
このまま行ったら確実に妹は死ぬって。
人間の身体にどんだけの数が蓄えられているのかは知らんけど、
毎日毎日出し続けていたらそのうちなくなるに決まってんだからな!

それでな、結局あたし。
途中で逃げちゃったんだよ。文字通り。
病院に行かなくなった。ある日耐えられなくなって逃げ出して、もうそれっきり。
妹は結局、二年半くらいで死んじゃった。
けどあたしさ、死に目に会うどころかその半年くらい前から全然顔も見てなくて。
死に顔見て愕然としたよ。もう骨と皮しか残ってないの。
ガリガリ。
ドラマとかでたまにあるだろ、衰弱死したヒロインの死体とかさ。あんなの嘘だよ。
実際はもっともっと、あんなの比較にならないくらい残酷。
『それ』、妹どころか、女の子にすら見えなかった。
……けどあたしにはそんなこと言う資格も何もないか。
なんたって、途中で見捨てて逃げたんだからな。
本当に人間じゃないのは一体どっちだよ。

そんで、妹が死んだ後、あたしなりに一生懸命考えたさ。
何ができるか、何をすべきか、何をしたいのか。
考えて考えて考えて、ゲロ吐きながら考えて、それでやっと出た結論が、これなんだよ。
回復剤、よーするにポーションの製作、な。
もし次に似たような人を見つけたとしても、それがあれば今度は助かるじゃんか。
だったら作ったろうじゃんって。
けど、その結果はおまえの知ってる通りさ。全然ダメ。
もう1366回も失敗しちまった……。
そんなもん作るのは無理なのかもしれないな。
……それに、今さら回復剤作れたところで、妹が生き返るわけでもないんだし。

つづく


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