Moon Talk


きみは窓を開けて、わたしを見た。わたしもきみを見る。


「今晩は」

今晩は。待っていたよ。

「待っていた、なんて言われてもなぁ。照れるやん」

待っていたものは待っていたんだから、仕方がないよ。

「ふん、まあ一応礼は言っておくわ。おおきにな」

どういたしまして。

「なんや、今日はいつもと違うな」

そうかな?

「うん。どこがちゃうとは言えへんけど」

なんか適当なこと言ってない?

「適当ちゃうわ。ほんまやって」

まあ、いいか。この夜に免じて許してあげよう。

「ありがとうございます。ってきみは何様やねん」

ノリツッコミだね。

「……ノリツッコミやな、確かに」

今日のきみもどこか違うね。なんだか機嫌がいい。

「そーか? 自分じゃようわからんけどなぁ」

何かあったの?

「いや……朝起きて、学校行って、勉強して、部活やって、家に帰って、ご飯食べた」

いつも通りだ。

「そやで。平和な一日だったわ、すごく」

いいじゃない。平和な一日。

「まあな。幸せやで」

ちょっと前のきみは、もっと淋しそうだった。

「そうかもしれへん。やっとったことは同じでも、なんか辛かったんや」

なぜ?

「毎日同じことやって、それがどこまでも続いてく感じ。嫌で嫌でしょうがなかった」

……。

「あんまこないなこと言いたかないけどね、生きてくってこんなもんなのかなってな」

その頃だったかな、わたしがきみと出会ったのは。

「そやな。あの時もこんな明るい夜やった」

窓を開けてわたしを見つけたきみの顔は覚えているよ。

「びっくりしたわ。でも正直、少し救われたけどな」

救われた?

「いつも見とったはずなのに、全然違うて見えたんや。一瞬目を疑ったわ」

そんなにインパクトあったかな?

「あったあった。不思議やった、きみほど不自由なやつはおらん思っとったのに」

のに?

「なんちゅうか、きみはとても自由な顔をしてた」

自由な顔、ねえ。自覚はなかったな。

「だから訊いてみたんや、きみは自由なのかいって」

そういえば、訊かれたかもしれない。思い出してきたよ。

「訊いた。そしたらなんて答えたか、憶えとるか?」

いや。

「自由だよって、はっきり答えたんや」

……。

「その瞬間、猛烈に嬉しなった。きみは自由だって、それがただもう嬉しかった」

そうか、だからきみはあの時笑ったんだね。

「まあな。それで、えらく気が楽んなったんよ」

だからって寝ずにわたしと喋り続けるのもどうかと思うけど。

「それは言わない約束やで。とにかく、それから嘘のように毎日が楽しくなったんや」

何かが変わったんだね。きみの中の何かが。

「変わった……とは少しちゃうかも。気付いたんやな」

気付いた、ね。

「そ。ものの見方かな、後ろから見てたもんを前から見たっちゅうか」

よくわからないね。

「わからん? でも、きみはよう知っとるはずやで」

わたしが?

「うん。まあひょっとしたらきみは逆に、後ろからものを見れないのかもしれへんけどな」

見えた方がいいのかな?

「……いや、きみはそれでええ」

きみがそう言うなら、これ以上は突っ込まないよ。

「その方が助かるな」

じゃあ、きみの話に戻そう。今はどう思っているの?

「今はなぁ、これでええと思っとんや。決して妥協したわけやないで」

うん、わかるよ。

「きみが自由なのと同じように、自由になろ思ってんや。意味わかるよな?」

なんとなく。

「……うん、きみはそれでええ」

なんか今、わたしを馬鹿にしなかった?

「してへんしてへん。してへんって」

うさんくさいなあ。

「じゃ、ホラ、そろそろ寝なあかんのや」

逃げる気?

「しつこいで。明日は朝から体育なんや」

大変だね。それなら許そう。

「ありがたい。じゃな、お休み」

お休み。


きみは窓を閉じて、部屋の明かりを消した。今日の話はこれで終わり。
きみはきっと今日も楽しい夢を見ることだろう。
わたしはいつものように、天頂目指してゆっくり昇って行くことにした。


(032 [夜空] Moon Talk/終)


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