天誅


 昔から決めていることだが、俺はもしドラゴンボールを七つ集め、願い事をひとつ叶えられるようになった時が来たならば、自転車泥棒を皆殺しにしようと思っている。神龍の不思議な力で、世界中の自転車泥棒を一人残らず駆除するのだ。自転車泥棒ほどこの世の中にいらない人種もない。罪に問われる心配がないというだけで、そんな悪行を平然と犯すようなモラルの欠片もない奴らは、死んで当然だと思う。こういう小さな犯罪を犯す奴が最も危険なのだ。危険因子を残らず消し去ることができれば、きっと世の中も平和になるだろう。

 しかし、自転車泥棒たちをただ殺しただけでは世の中が混乱に満ちてしまうことは目に見えている。場合によっては、自転車泥棒以外の人間も巻きこんで殺してしまうかもしれない。もし死んだ自転車泥棒が運転していた車が暴走した先に列をなして歩く幼稚園児の群れがいたら……などと考えると、恐ろしくて夜も眠れない。

 だからそこで俺はいくつかのルールを設けることも考えている。まず、自転車泥棒の定義だ。自転車泥棒は、他人の自転車を許可なく勝手に借用し、かつ自分が自転車を盗んだことを認識している人間のこととする。これで友人の自転車をちょっと借りてコンビニに買い出しに行く人間を殺してしまうことは免れられるし、不法投棄の自転車を移動しているだけの業者に裁きが及ぶこともない。そこにある自転車は使うのが当然、どの自転車も勝手に乗って問題はなく自分が泥棒だとは毛ほども考えていない馬鹿王子のような奴は残念ながら網に漏れてしまうが、そんな奴は放っておいてもそのうち殺されるので大丈夫だろう。

 殺し方にも気をつけなくてはいけない。俺としてはその場で肺に巨大な穴が開き、さんざん暴れながらじわじわ苦しんで死んでいく、もしくは体の端の方から順に爆発していく死に様が理想なのだが、あまり汚い死体を残してしまうと他の人間の迷惑になってしまう。なのでここは涙を飲んで心臓麻痺ということにする。ただし、多少は苦しませてやる程度にゆっくり止める。できることなら、死の直前になって脳裏に自分が殺される理由がふっと浮かぶように調整できればいいと思うが、流石にそこまで神龍の力で叶えられるかどうかはやってみなくてはわからない。駄目だったら潔く諦める覚悟はできている。

 そして最も重要なのが殺すタイミングだ。時速250kmで疾走する新幹線の運転手が自転車泥棒だった時には大変なことになる。そこで、殺すタイミングは「次に寝た時」とする。これで不慮の巻き込みは必要最低限に抑えられるだろう。寝たら死ぬという巨大なプレッシャーで自転車泥棒たちに地獄の責め苦を与えることもできる。しかもこの方法の最も優れたポイントは、誰もその死から逃れられないという点にある。寝ずに生きていける人間などこの世に存在しない。全世界の自転車泥棒を確実に、誰一人逃さず抹殺することができる。我ながら理想的なアイディアだと思う。

 これで世界はきっと変わるだろう。世の中の人間は死に怯える自転車泥棒とそれ以外の人間の二種類に分断され、あらゆる場所で断罪の光景が見られることとなるだろう。心当たりのある奴は怯え、苦しみ、そしてやがて死ぬ。それ以外の人間がぐっすり安眠する横で、自分だけは眠ることもできずに震え続けるしかないのだ。そして自転車泥棒たちがあらかた駆逐されたのち、自転車を盗んだことのない健全な人間たちによって新しい健全な社会が再構築されてゆく。なんて理想的な世界なんだろう。その日が来た時のことを想像すると、どうしても胸の鼓動が抑えられない。


「ということをいつも考えてしまうんだが、どうよ友田」
「どうよもクソも、お前それ盗んだバイクで走りながら考えることじゃねえだろ尾崎」


(038 [自転車泥棒] 天誅/終)


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