ゆけ! ぼくらの救急車


「なっ、この音はまさか……」
「大変だ、救急車が来たぞ、逃げろぉおおお!!」

 救急車特例法が制定されてからというもの、救急車の猛威は収まることを知らずに大きくなり続けていた。この法律は簡単に言えば「急患の元へ往復する救急車は、何人たりとも邪魔してはならない」というもので、最もやっかいなのは、そのためなら救急車は何をやってもいい、という解釈がなされていることだった。サイレンを鳴らす救急車を敵に回して、今なお無事でいる奴はいない。

「グゥワー、助けてくれーっ! 死にたくないっ!」
「いやっ、やめて……許して、来ないでー! きゃああああああーーーーっ!!」

 現場へ一刻も早く駆けつけるためなら、救急車は手段を選ばない。道行く邪魔な車を排除するためのロケットランチャーを標準装備し、常にそれを乱射しながら疾走する。あちこちで爆炎が上がり、運悪く救急車の進路を塞いでしまった車は容赦なく吹き飛ばされ破壊されてゆく。通行人はバルカン砲で紙のようになぎ倒され、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号に混じってサイレンの耳障りな音が響き渡る。大量の瓦礫の山と倒れ伏す人々をよそに、救急車は猛スピードで駆け抜けてゆく。

「おかあさーん、おかあさーん」
「大丈夫か、大丈夫かオイ! 今助けを呼ぶからな、おーい、おーい誰か手伝ってくれ! クッソ、このうるさい音が邪魔で声が……ん?」
「サイレンが……消えた?」

「見ろ! 救急車の野郎、途中でUターンして病院に戻り始めたぞ!」

 途端に立場は逆転する。救急車特例法が適用されるのは、急患を運ぶ時の救急車だけである。今回のように、途中で何らかの事情があって急ぐ必要がなくなった救急車には何の権限もないのだ。今まで一方的に踏みにじられるだけだった人々の猛反撃が始まる。手当たり次第に石を投げ、大量のゴミで進路を塞ぎ、そのへんの棒切れを片手に救急車を追いかけ始める。さっきまで暴君のように破壊の限りを尽くしていた救急車は、今や狩られる獲物でしかない。

「てめえ、こらっ、逃げるな野郎!」
「よくも街をめちゃくちゃにしてくれやがったな!」

 救急車に容赦がなかった分、人々の反撃にも容赦がない。徒党を組んで道を塞ぎ、プレッシャーをかけ、次第次第に救急車を追い詰めてゆく。ロケットランチャーもバルカン砲も使えない救急車は、なんの武力もないただの救急車。頑強な装甲も、人々の猛攻撃の前にたちまちへこみ始める。窓ガラスにひびが入る。このまま再起不能に追い込まれてしまうのは時間の問題だ……と思われた、が。

 ……ぴーぽーぴーぽーぴーぽー

「なッ、またサイレンだと!? しまったやばい! みんな逃げろぉおおおお!!」
「馬鹿な、どういうことだ!」
「すまん、妹が死にそうなんでつい救急車呼んじまった!」
「おまっ、この……アホンダラぁあー!」

 再逆転。破壊される寸前だった救急車に再び命が宿り、重火器がまた火を吹き始める。突然の事態に混乱し逃げ惑う人々の背には銃弾の雨が浴びせられ、ロケット弾がバリケードを跡形もなく粉砕する。最高速度で瀕死の患者の元へ行くために、救急車は全力で戦い始める。行け、ぼくらの救急車。君の到着を待つ者が一人でもいる限り、並みいる敵をものともせずに進み続けるんだ!


(041 [救急車] ゆけ! ぼくらの救急車/終)


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