迷いのない道


 長かった蛇行道路が終わり、やっと待ち望んでいた直線に出た。これまでの道はまるで小腸のように延々と曲がり道が続いていたから、相当なフラストレーションが溜まっていた。早く誰にも遠慮することなく、直線道路を全力でかっ飛ばしたい。空は見事な快晴、アスファルトの向こうは熱で揺らいで見える。夢にまで見たような最高のシチュエーションだ。逸る気持ちを止められないまま、直線前のピットインに入った。ここでマシンの装備をコーナリング重視のものから直線重視のものに取り換えなければならない。

「すいませーん。換装、お願いしたいんですけどー」
「はいはーい」

 色っぽい雰囲気の作業着の姉ちゃんが小走りに近寄ってきて、俺のマシンを誘導し始める。示されたマーカーに合わせてマシンを止めると、他にもぞろぞろと奥から作業員がやってきて、俺が何も言わないうちからすぐに作業を始めた。

「すごく手際がいいですね」 「仕事ですからー」

 作業員たちは猛烈な勢いで俺のマシンを分解し始める。度重なる衝突でひん曲がったバンパーを外し、可動式のフロントライトを外し、ウインカーを外し、ハンドルも外し、

「ちょっと待った。ハンドルも外しちゃうの?」
「そうですが、それが? どうせ真っ直ぐ進むだけだもの、必要ないでしょう」
「それはそうかもしれないけど……」

 このままでは本当に直進しかできないマシンになってしまう。もし、途中で向きを変えたくなったらどうするんだろう。Uターンしたくなったらどうするんだろう。何かを避ける必要が起きたらどうするんだろう。そうこうしているうちにどんどん俺のマシンは生まれ変わっていく。困惑した声で作業着の姉ちゃんに不安を伝えると、彼女はどこかがっかりしたような目で俺を見た。

「そんなだからこれまで蛇行道路ばっかり続いてたんだって、気付かないんですか?」

 作業は間もなく終わり、ターンテーブルに載せられた俺と俺のマシンは、いよいよ直線のスタートラインに並んだ。テーブルごと角度の微調整が行われ、すぐ横のシグナルが青に変わる。作業員たちは帽子を脱いで、あざーした、と一斉に敬礼する。俺は覚悟を決め、走り出した。あんなに待ち望んでいた直線だったのに、こんなに空は晴れているのに、何故かどうしても爽快な気分にはなれなかった。


(045 [直線] 迷いのない道/終)


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