分子たちの一期一会


「おう、正樹、正樹じゃないか」

 呼び止められたので振り向いたら、そこにいたのは忠久だった。まだ俺たちが氷だった頃、ずっと隣で手を繋いでいた友人だ。水になった時に離れ離れになって以来二度と会うことはないと思っていただけに、この予想外の再会には驚いた。まさか水蒸気になってから再び会えるなんて。

「どうよ、調子は」
「どうもこうも、相変わらずビーカーの壁に体当たりしてるだけだぜ」
「ははっ、そりゃお互いそうだよな」
「それより誰だよ、隣にいるその可愛い子は」
「紹介するよ、俺のツレの美春。こないだ結婚したんだ」
「何だって? てめっ、やりやがったな。羨ましいぞこの馬鹿野郎」
「いてっいてっ、やめろって」
「美春さん。このバカのお守りは大変でしょう」
「そりゃもう。この人、ちょっと気を抜くとすぐ手を離しそうになって大変なんです」
「お前なあ。ここで手を離したらもう再会できないかもしれないんだぞ。ぼーっとするのもいい加減にしろ」
「わかってるよ。流石の俺もそこまで馬鹿じゃないから安心しろ」
「どうだかなぁ……」
「あらっ、また少し温度が上がったみたいですね」
「おや、本当だ。じゃあな、そろそろ俺達は行くぜ」
「おう。二人とも元気でな。仲良くやれよ」
「ありがとうございます。正樹さんも頑張ってくださいね」
「頑張れよ〜」
「うるせっ、大きなお世話だ」

 手を振って二人と別れる。二人は少しだけ反射の向きを変えて、あっという間に小さく見えなくなってしまった。いい夫婦だった。末永く幸せになって欲しいと思う。

 さて、それで俺の場合だが。どんどん加熱されてゆく空気を肌で感じながら、ため息をついた。俺を含めてどの分子も好き勝手に猛スピードで飛び回っているから、なかなか出会いがないんだよなぁ。最近ますます温度が上がってきてるし。こんなことなら、液体時代にとっとと結婚しておくんだったぜ。


(049 [モル] 分子たちの一期一会/終)


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