『呪怨』観ました(その2)


きらりと光ったのは、財布の留め金でした。

しばらくやれお前が見て来い、先輩が行ってくださいとなすりつけあっていたんですが、
いつまでもこんなことしてるわけにもいかないじゃないですか、だから意を決して僕が拾ったわけなんですが、
そしたらね、財布。
皮でできた女物のきれいな財布でした。
なんだーってことでほかのふたりも集まってきて、早速中を見てみたら、
現金が三万円くらいと、カードが何枚かと、それと免許証。
オイオイこれは届けた方が良いんじゃないのかって話になったんですけど、せっかく探検しに来たんですから、
すぐ引き返すのも悔しいじゃないですか。
その場はあとで帰ってから届けようということになりまして。
それで、一応身元だけでも確認しておくかってことで、免許証をよくよく見るとですね、
写真の部分、顔がそっくり真っ黒く塗り潰されてました。
ただね、目と口だけが黒い中に残ってて、うらめしそうな表情でこっち見てるんですよ。

さすがの僕もぞっとしましたね。
ただの悪戯だろうと思ったんですけど、でもそんな悪戯の財布に、誰が現金を三万円も入れておきますか。

このへんで後輩が音を上げたんですけど、逆に友人は盛り上がっちゃって、
さあ行くぞって僕らふたりをせかすんですよ。
後輩も今さらひとりで戻れないみたいで、冷や汗かきながらいっしょについてきました。
居間をさらに進んで、台所。苔がびっしり生えててぐちゃぐちゃで、もう見る影なし。
おまけにひどい匂いまで漂っていたので、長居せずにそのまま他の部屋へ行きました。
そうやってひと通り回って、うすら寒いながらも何もなくて、そこでいよいよ最後の部屋へ向かったんですよ。
そこは建物の北側に位置する、がらんとした広い部屋でした。隅っこにタンスが一棹おいてあるだけ。
窓が割れてて床板に妙な染みがついてる以外はまだ無事に済んでいるようで、埃も少なく、綺麗なもんでした。
で、ああ結局何もなかったな、戻るか、そうだなって友人と話してたら、
突然後輩がうわあって声を上げたんですよ。
どうしたんだって訊いたら、視界のすみにあるタンスを指差して、今、白いもやのようなものがあの陰に消えたって。
冗談だろって思ったんですけど、これだけびびってる人間が嘘をつくようにも思えなくて、確かめたんです。
そしたら、ありましたよ。
タンスの陰に、黒ずんだ細長い扉が。

思い切って開けてみたら、奥には急な階段がありました。
それでやっと思い出したんですけど、外から見た時、この建物は二階建てだったんですね。
他に階段らしきものが見当たらなかったので忘れてたんです。
で、僕は霊感が強いほうなんでわかったんですけど、
階段の上から、漂ってくるんですよ。今までにも増してやばい空気が。
この時すでに冷蔵庫のような寒さだったんですけど、これは別格でした。
寒いというか、本当に気持ち悪い。ものすごい違和感。
あまりの異常な気配に僕もこの先はやめておこうと思ったんですよ。
でもね、友人がにやにや笑いながら、大丈夫だ、平気平気って囁くんです。
こいつ、行く気ね、満々なんですよ。
で、懐中電灯ひとつしかないでしょう、行くか行かないかじゃんけんで決めました。
そしたら、反対派の僕と後輩ふたりともが負けて、友人が勝っちゃいまして。
先頭を友人、真ん中に後輩、そして僕が一番後ろで、そろりそろりと登っていきました。

階段の奥は物置みたいでした。屋根裏を利用した物置ですね。
懐中電灯の光がなければ本当に何も見えないくらい、本当の真っ暗。
荷物がたくさん積んであって妙に見通しが悪いんで、そんなに広くないはずなのに、ずいぶん広く感じました。
その中を、一列というよりは、もはや団子のように固まって、じりじり進んでくんですね。
傍から見ればみっともない格好でしたけど、あの時はもう、怖くてどうしようもなかったですから。
なるべく早く戻りたかったんですけど、明かりもなしに逃げ出すこともできませんし。
そのまま、時間をかけて、物置もひと通り巡りましたよ。
何か出るんじゃないかって思いましたけど、結局何も見当たらなかった。ただの古い物置。
それでとうとう友人も帰ろうかって言いまして。
いやあ、僕と後輩は、ほっとしましたよ。よし帰ろうすぐ帰ろうって口々に言い合ってね。
それで戻ろうとした瞬間、突然、先頭を行く友人の動きが止まったんです。
何かと思って懐中電灯の先を見たら、暗闇の中に、一瞬、子供が立ってるのが見えたんです。

でも、びっくりして、馬鹿なって思って目をこらしたら、何もいない。
気のせいかと思ったんですが、場合が場合ですからね。
友人に訊いてみようとしたら、何やら、様子がおかしい。
ぶるぶる震えたまま、動かないんです。
おい、おい、どうしたって肩を揺さぶると、友人、ぼそっと呟いたんですよ。
あのよ、上にいるの、いったい何なんだよって。

上を見てみると、
天井に四つんばいになった長い髪の女が張り付いてて、
髪の隙間から、カメレオンみたいに長い舌が、にゅるんって動いてるんです。

もう限界でした。ぎゃああああって叫んで、みんなで慌てて逃げ出しました。
そしたら後ろで、どちゃって、あの女が床に落ちてくる音がして、
それで、がさがさがさがさ追ってくるんですよ。
女が。四つんばいのまま、虫みたいに這いずって。
絶叫しながら、もう半ば腰が抜けた状態で逃げましたよ。
でもね、足に力がまったく入らないんです。
だから三人固まったまま、階段を文字通り転がり落ちて、そのまま這いずって逃げようとしたんですけど、
足どころか腕からも力が抜けてしまいまして。
三人揃って、タンスの部屋の壁に寄り添うように集まって、震えながら階段を凝視しました。
そしたら、ぺたり、ぺたりって音が聞こえてくるんです。階段の上から。
追ってきてるんですよ、女が。
逃げようにももう体が動かなくて、ぶるぶる震えていたら、
やがて階段のある扉の暗がりの中から、ガリガリにやせこけた腕が出てきて、べたっ、べたってこっちに向かってくる。
そして、長い髪をやまんばのように振り乱した女の頭が、こっちを向いて、にやりと笑いました。

逃ガサナイ。
そんな風に言っているようでした。
口が耳のつけ根まで裂けて、巨大な口に長く伸びた舌が、蛇みたいに動いてて。
そのまま、女はこっちに向かって、どたどた突進してきました。

あまりに怖くて、もうだめだって思って、目をぎゅっとつぶりました。
そしたらその瞬間、女とは違う気配がして、
どしん、と目の前に何か重いものが落ちてきました。
そっと目を開けると、僕たちの目の前に、派手なアロハシャツを着たパンチパーマのおっさんが立っていたんです。

つづく


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