チョコレートの私(その1)


 コンチャック村のマルナは、ちょっとだけそそっかしい、ごく普通の女の子です。だから彼女が恋をする時は、いつも、普通の女の子なら誰もがそうするように、全身全霊で体当たりをかますような、そんな命懸けの気持ちで挑みます。今回の話は、そんな彼女のある恋が、ものの見事に玉砕し、木端微塵に砕け散って完膚なきまでに終焉を迎えるまでの顛末です。


 マルナがその時恋をしていたのは、笑顔がとっても爽やかな、サワデスという男の子です。マルナがいつものように何もない道端で唐突かつ派手に転んでしまった時、すっと手を差し伸べてくれたのが彼でした。たったそれだけのことでしたが、マルナはそれ以来、すっかり彼の虜になってしまいました。マルナは普通の女の子でしたが、残念なことに、頭のネジが三十本ほど抜けていたのです。

 とはいえ、サワデスはマルナの家のあるコンチャック村からずいぶん離れたところにあるクイクイ村に住んでいました。その時はたまたま用事でコンチャック村を訪れていただけだったのです。なので、そう毎日会えるというわけではありません。というか、それからマルナは彼に一度も会っていないのですが、とにかくそういう理由で、マルナは彼のことを熱烈に想いながらも、結局あれから一度もその姿を見ることができないでいたのでした。

 もちろん、会えない日々は想いを募らせるのが片想いというものです。

 もともとマルナは奇行癖のある女の子でしたが、それからというもの、マルナの奇行は以前にも増してエスカレートしてしまいました。ご飯を食べながら彼のことを思い出してご飯粒や咀嚼物を口からポロポロと落下させたり、道を歩きながら自ら作詞作曲した「さわやかサワデス」というどっかで聞いたことのあるような歌を歌ったり、畑仕事の合間にバキュームカーのような吸引力を有するキッスの練習を繰り返したり、夜はベッドの中で彼の全身を思い浮かべながらもぞもぞ動いて息を荒げていたり。何もないところで妄想にやられていきなり鼻血を噴き出すなんてしょっちゅうです。そのうちついに誰もいない空間に向けて何か話しかけるようになってきたので、見かねた母親は、マルナにこんな提案をしました。

「そんなに好きなら、来週のバレンタインデーにチョコレートでもあげたらどう?」

 それよォォォォオオオオオ!! とマルナは絶叫して、母親の提案通り、バレンタインデーになったらサワデスにチョコレートをあげることにしました。そして興奮してスクワットのような動きをしながら、その時はチョコと一緒に、彼に自分の気持ちを告白しようと決めました。恋は乙女を獰猛にします。翌日から早速、マルナは彼にあげるチョコレートの準備に取りかかったのでした。

 せっかくだから、どーんとでっかいチョコで攻めた方が想いがいっぱい伝わるよね! できれば私自身の形をしていた方が私の気持ちがわかりやすいかな! というわけで、マルナは自分自身の形をした等身大のチョコレートを作ることにしました。最初は自分の体に直接チョコレートを塗りたくってクイクイ村まで突っ走って行こうかと思ったのですが、それだけはやめてくれと母親に泣きつかれたので諦めたのです。

 マルナは並程度の木彫りの才能を発揮し、一週間かけてそれなりに似ている自分像をなんとか彫り上げると、それを使って自分の型を作りました。そして、母親から前借りした一年分の小遣いを使って山ほどのチョコを買い、それをバスタブいっぱいの熱湯で繰り返し繰り返し湯せんにかけ、少しずつ型に垂れ流していきました。そしてすっかり冷えたあと、最後に前半分と後ろ半分を貼り合わせ、とうとう自分自身の1/1スケールチョコレート像を完成させてしまいました。

 見れば見るほど完璧だ、とマルナはすっかりご満悦でした。特に美人でも不細工でもない顔も、ごく普通のサイズのバストも、畑仕事でちょっぴり太くなっている二の腕も、パンツのゴム紐の痕がついた下腹部も、平均よりやや太めの太腿も、そしてマルナの大切なあ……いえいえ、それはともかく、全身くまなく忠実に再現されています。何を作っているのか詳しく聞かされていなかったマルナの母親は、三日前に彫り上がった木彫り像を見た時点で卒倒して未だに寝込んでいたので、自慢する相手がいなくてマルナは残念でした。

 さあ、あとは、この像をサワデスに直接手渡すだけです。

つづく


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